「花束みたいな恋をした」と「スカイ・クロラ」
何かの拍子、というか体調不良の余波のずる休みで、「花束みたいな恋をした」を公開初日にみてしまい、その余韻が変に続くのでメモ。
生きること=消費すること、だとしたら、そこには成長などあるはずもなく。というのが、スカイクロラのテーマだ、とどこかで聞いた。最初見たときは何じゃこの映画意味わからん、と思ったけど、頭から追い払えないスカイクロラ。
ループする世界はずっと押井守のモチーフで、その押井守本人を神認定してる2人の恋物語。
花束みたいな恋をした、を見た後の方が、スカイクロラを理解できる気がしてきた。
文化なるものを消費すればするほど。本を読めば読むほど、映画を見れば見るほど、音楽を聴けば聴くほど、成長が止まった世界をぐるぐる回って疲弊するだけだ、という諦念とともに、老いていくことへの罪悪感。ここ10年くらい重く腹の底にあるもの。特に、子供を産まないことが決まりつつある年齢の私にとって、その重さはもう抜けないものなのかもな、と思う。
こんな底意地の悪いものを、人気俳優の甘酸っぱい恋愛映画、って体でシュガーコーティングして皆んなにみせようという業。どうしても、表現して伝えてやりたいという、切実な仕事。
出口があると信じる心は、そういう形で表れるものなのか。
「ROMA」と「裸の島」
ブログって、何を書く場所なんだ?
なんてことを考えているあいだに、忘れそうなことを書き留めておいたらいいのだろう、たぶん。
去年Netflix映画として話題になった「ROMA」を観て感じた、数ヶ月前に見た新藤兼人監督の「裸の島」と重なるイメージ。そのことを記録しておこうと思う。
アルフォンソ・キュアロン監督が、「裸の島」を見ているのか、影響があったのかどうか…検索してみた限りでは分からなかったが、共通するイメージを感じている人はもちろんいた。
黒く輝く水面と女性の労働のイメージ、走り回る子どもたちにだけ見せる笑顔、日常から離れ旅をする場面の解放感、子を失った悲しみが溢れる瞬間…
時代も国も遠く離れた映画だけど、強いつながりがあるように感じられた。
「裸の島」は、「午前十時の映画祭」という旧作をデジタル・リマスターで上映する企画で、たまたまROMAを観る数ヶ月前の週末の午前に時間が空いて観ることができた。
新藤兼人監督の作品を映画館で観たのは初めてで、モノクロの映像の美しさ、俯瞰から島に迫る映像の迫力、水の表現の美しさ、乙羽信子さんの切なく溢れるような輝き、、すべてに衝撃をうけた。そして、それが1960年公開の映画ということに、何よりも驚きと、技術の進歩と表現の深さについて考えさせられる。
セリフはほとんどない。淡々としてみえる映像のすべてから伝わる、日々の労働の苦しさ美しさ、夫婦のつながり、葛藤と悲しみ。女性の生の逞しい美しさ。
削ぎ落とされた静かな表現にこそ、映画の豊かさがあるのだと知った。
数カ月後、「ROMA」を観て、こうやって今につながっていくのか!という驚きと喜びがあり。過去の名作を観ることが、新しいものをより深く楽しむための条件なのだとあらためて。セリフが詰め込まれ、背景には音楽が次から次へと鳴り、CGでどこまでも鮮やかな色と光に溢れる…エンターテイメントという名目で過剰な要素で満たされた現代の映画を見慣れていると、「ROMA」のような映画こそ今求めていたものだ、という感じがする。
静けさと切実さ。
かつて吉本隆明の講演を聞きに行ったときに聞いた、言葉は枝葉で、大切なのは幹であり沈黙だ、って話。
映画という豊かな枝葉から、幹を想像する力について思う。
大切なことはいつも語られなくて、それでも伝わって沈黙から沈黙へ、少しの涙になって見えたりする。
この2作の女性たちは、ほとんど言葉をもたなくて、女性というのはそういうふうにして生きてきたんだ、と思う。
そのことについて考えるために何度も見たい。
古い映画を、もっと映画館でみたい、みなきゃ、という気持ちをちょっと硬派めに書いてみるテストでした…
「午前十時の映画祭」なんてシニア向けの時間にせずに、午後八時とか若い世代が仕事終わりで見れるくらいの時間にやってほしい。
懐古のためじゃなく未来のために。
平成ネット史、というか私が愛したガジェット史。【PC編】
フジロックブログのはずが。全然書いてないわけですが。
でも2017、18も順調に?参加してたっぷり楽しみましたよ、、また気が向いたら記録を、、
で、今日は正月からNHKで
という番組をやっていて、
予期せずとても楽しかったので、
こりゃ、私的なネット史というかガジェット史?も
正月の暇にまかせて記録しておきたいな、と思いまして。
Facebookかな?とかツイッター?まさかインスタ?とか考えたけど、
せっかくなら長くなりそうだし、放置してたブログに記録しよう、と思いたった次第。
私的ネット史のための自己紹介
こと、この内容についてはやはり世代が大事になるわけで。
私は番組に出ていた眞鍋かをりさんと全く同い年、1980年生まれです。
松坂世代。(広末世代、ともいう)
1980年というキリのいい生まれのおかげで、いろいろカウントしやすい。
つまり、windows95の発売時に15歳、とか、分かりやすい。
そしておそらく、思春期からいろんなガジェット経験してるぜ、的な世代でもある。
いちおう大学ではプロダクトデザインを勉強するくらい、
若いうちからガジェット大好き人間として生きてきた感もあり。
何より個人的に、だいぶいろいろ忘れててもったいない気がするので、
「平成に私が愛したガジェットたち(とネット史)」を記録しておきたいのです。
現物は全然残ってないのですが。
私的、平成ネット史というかガジェット史。【PC編】
1996年。15歳当時、最初の「自分のパソコン」を買ってもらった。
1 IBM Aptiva(1996年)
香取慎吾がCMしてたよね、Aptiva。。。って探したらあった。
IBM アプティバ(Aptiva) 香取慎吾 CM 1996
モデル名は分からず。だけど、まさにこのCMと同じ、タワーの本体で、スピーカーもついてた。
Windows95が出たてのころ、高校に合格したら買ってもらう、という約束をして、
確か16の誕生日プレゼントとして買ってもらったような。
その当時から今まで第一線、ってやっぱsmapすごい。
ISDNやらフレッツやらのCMもしてたし、のちにはsoftbankの顔になるわけで、
「ネット史とsmap」ってのはまさに平成!って感じするな。
Aptivaで何してたって、そんなにはっきりした記憶はないわけですが…
さすがに最初はまだ家ではネットにはつないでもらえず、
日記書いたり、花子かペイントで絵をかいて学校のイベント用にTシャツ作ったりした記憶がある。
関係ないけど、この少し前中学生のころに、
小室哲哉プロデュースのシンセ「EOS B700」というのを買ってもらっておりまして。
考えてみたら、これで打ち込みしたのが、
(trfの「寒い夜だから」をまるまる打ち込めるテキスト?みたいのがついてた気がする。。)
最初のわくわくガジェット体験だった気がする。
お金持ちでもないのに、なぜ中学生で使えもしないシンセ買ってもらえたかというと、テストで一番をとったら、という無謀な約束をして、果たしてしまったから。
欲望のちから、恐るべし。親はうなだれていた。
それにしても、なつかしい〜〜!!
この、白いのが!今見てもなかなかかっこいいよね!デザイン!!
(テンションあがってきた。)
中学生の、一瞬のスパイク的小室哲哉ブームだったのです。
でもこのときの打ち込みのおかげで、何がハイハットだとかタムだとか、ベースラインって、BPMってなんだ、とか、音楽のつくりが少し分かったので、リスナーとしての今には役立ったかも?かも。
で、何がAptivaと関係あるかっていうと、当初はたぶん、MIDIとかつないで、PCで音楽作れるんじゃ?みたいな夢もあった気がして。
ただ、高校生になったらにわかにリア充ってか、ただ勉強、遊び、バイト、、
って感じでそんなにパソコンに触れる時間もなくなっちゃったという。
ガジェット好きのあるあるである、買って満足、って一品になってしまった。
そして、2台目以降は大学生になり、ここからはすっかりApple一色に。
2 iMac DV Special Edition (Slot Loading)(1999年)
1998年、18歳。東京へ出て、美大へ入学し、たぶん最初は前述のAptivaを持って上京した気がするのですが。
気がつけば世間はiMac一色!みたいなもの凄い衝撃のジョブズワールドになり。
最初のシリーズを迷っているうちに、性能のよいものが出たので
たぶん大学2年のときに買った。
iMac DV Special Edition - Apple Commercial
(検索で見つけた、なにこのCMかっこいい、、)
この、グラファイトの渋めのカラーも気にっていたし、
こやつには実際、大学後半から就職活動、就職してすぐまで、
ずいぶん長くお世話になった、という気がする。
まだおそ〜いネット接続のぴーひゅるるを待ったり、
イラレやらフォトショやらの処理が重くて、フリーズの恐怖と戦ったりした戦友です。
課題提出は、MOで。って時代だったから、同じグラファイトカラーのMOドライブを外付けで買ってたなー。
ネット史的には、メーリングリストとか、すごく活用してた時代。なつかし。
ギリシャ行った旅行記のHTMLサイト作ったり、FLASHアニメつくったり。
ほぼ日、の初期のテキストだらけ、みたいなサイトをよく見ていた。
グーグルはまだメインじゃなくyahooで検索していて、個人サイトのおすすめリンク集、みたいなものが結構役に立ってた思ひで。
リクナビが出たてな感じで、必死に検索したり、エントリーシート書いたり。
お世話になりました。
このマシンは、やっぱ、今みてもよいデザインだ。うむ。
ここからは、働きだしてからの家マシンなので、さほど思い入れはないながらも今も家のどこかにある。
3 MacBook(たぶん2006年)
会社ではG4やらG5やら、すっかりシルバー筐体になったmacをメインに使いつつ、
さすがに家のiMacが放置になり、家でも仕事しなきゃ…ってことで買ったもの。
今になってみると、見た目は白くてかわいいけども、ちと重い。
あと、白なのでキズついたり汚れたり。
たぶん今でも動くくらい頑丈ではあったので、こちらもお世話になりました。
イラレ、フォトショと、ドリームウィーバーを、よく使ったなぁ、という記憶。
OfficeのMac版も入れて、がっつりお仕事をしていた。かな?
Twitterを始めたのも、このPCかもしれない。
4 MacBook Pro (15-inch, Mid 2010)
MacBook Pro (15-inch, Mid 2010) - 技術仕様
白いのを重い、とか言ったけど、こっちも重かった。。。
仕事を家でがっつりしなければならない場面が増えて、もろもろスペックが必要になってきたので、Proを購入。
こちらは動作が安定していて、とても快適でした。
このPCくらいから、PCのスペックフルに使うほど仕事するなんて動画編集くらいかな、って感じで、PC処理待ち、みたいなことはぐっと減った気がする。
そしてスマホ時代が到来。
このマシンはCDスロットがまだあったのも、なにかと便利だった。
しかし、とにかく重い。
持ち歩くには重すぎるため、今は家でたまーーーに使うくらい。
5 MacBook (Retina, 12-inch, Early 2016)
MacBook (Retina, 12-inch, Early 2016) - 技術仕様
今、なうブログを書いているこのノート。
買ったとき、この薄さ、軽さにまずびっくりしたし、
使ってみて、こんな軽くてこんなサクサクなの?!!ってびっくり。
iPhone使ってるから当たり前といえばそりゃそうなんですが、
まぁ技術の進歩ってすごいよね…
このマシンで、Premiereで動画編集したりする。
いっぱいいっぱい、という感じはあるけど、簡単な編集程度なら全然できちゃう。
昔じゃ考えられませんよね…。
ということで、モバイルも一気に書こうと思いましたが、、
ちょっと一息ついて次の回に!
フジロック2016 ふりかえり
もうぼちぼち一年が経とうとしている…
ようやくこんなブログ書こう、というのは、そろそろ今年の準備も始まるし、
たまった宿題は片付けなきゃだからね…
もう記憶もほとんどないので、ざっとまとめだけメモしておく感じで。
★マイベストアクトランキング〜!
1・カマシ・ワシントン Kamasi Washington
かまされた〜!!…とかいってる場合じゃないくらい凄かった。
最終日にして、ヘヴンの奇跡を味わえた感じ。これこそフジロックの醍醐味。
レッチリ捨てたかいがあったよ。
ジャズってこんなに踊れるものだっけ?ってかジャズなのかこれは?ファンク?
とか思いつつ、ジャンルなんかどうでもよくなる、最高のパワーとグルーヴ。
なんだか見たことないような演奏力高すぎるメンバーで、夜が音に飲み込まれてく感じ。
隣で踊ってた男子二人組が、ときどき顔を見合わせて「やべぇ、やべぇ、」を連呼したあげく、「レッチリやめようぜ。。」って言ってて、分かり哲也過ぎた。
ヘブンのいいところは、ステージ脇ですぐ高濃度アルコールを補給できるところでして、踊りながら何杯か濃いめのお酒をいただいたけど、全部汗になった気がする。最高オブ最高でした。
格好いいテレビライブあったので貼っとく。生はもっと凄いけど!
2・ウィルコ WILCO
愛するウィルコをフジのグリーンで見られる喜び。。。
そりゃあ、ってことで、エイミー・マン以来のほぼ最前列を確保。
この10年、たぶん最も愛してる洋楽バンドだし、見るのは数年前のゼップダイバーでのワンマン以来。本当に最高のライブだった、ゼップも。
もちろんフジも最高でしたさぁ。セットリストも、もう、やってくれるよね!っていう曲がちゃんと入ってて、優しさバンドなのだよ、やはり。
とにかくギター何本だよ?っていうギターの絡みが、どひゃーっと味わえて。
impossible germany、で、 きた!ってなって。
ネルス・クラインの変態ギターがとにかく大好きだ。
懐の深い、愛と優しさに満ちた、変なバンド。夕方のグリーンの空気に、ばっちりあっていた。最高。
この曲のギターを聴いてよ〜ってなるやつ。
3・ジ・インターネット The Internet
全く知らないで見て、最高に好きだったやつ!
そして、約1年たった今、メンバーのソロも含めて結構な頻度で聴いている。
みずみずしい若さで小さくて輝いてる感じのシドの声と、最高のグルーヴ感と。
私は子供のころ、ってか中学生くらいのころ、C+C music factoryが大好きで、特にアルバムの中のスローめな曲が死ぬほど好きでよく聴いてて、そのことを思い出したりしつつみていた。
気持ち良いステージだったなぁ。。。
この曲もやってたと思う。大好き。
4・電気グルーヴ
電気で育ったので。本当に。
14歳くらいの自分に、こんな凄いフェスが日本であって、まだ電気がやってて、しかも一番でかいステージのクロージングアクトで、がっつり踊れるよ!!って言っても信じないだろうが。
じーーーーんと来ながらも、めちゃくちゃに踊った。
周りを埋め尽くす同世代的な人々も、みんなめちゃくちゃに踊っていた。
最高にかっこいいおじさんたちですよ。尊敬している。マジで。
フジロックで卓球に踊らされない年はないので、実家で正月に会う親戚みたいな感じがしなくもないけど、電気グルーヴには、ロマンがあるのです。よ。
だって、卓球がラジオでアンダーワールドのrezかけたり、新幹線つくったりして、田舎でびっくりしていた中学生の頃、クラブだってフェスだって、想像上のドラえもんみたいなものだったので。フェスなんて日本にはなかったし。
それが、本当に大人になったら毎年苗場に遊びに来られて、このありがたさ。
何割かは、あのころ海外で遊びまくってきて興奮しまくって、みんなを置いてけぼりにして報告してた卓球さんのおかげだと思っている。
かっこいい大人だぜ。まったく。
新幹線やったのが、とにかく、泣きそうになった。ってのもありつつ、
卓球のソロの、love dominationやったりするあたり、やっぱかっこよか。love domination、好きである。アンコールはシャングリラからの虹。
なつかしさで死ぬ、と思いきや、アレンジが今になっててめちゃかっこいいやつでした。
電気でクロージングなんて、幸せすぎるよ、20周年おめでとう、フジロック。
ここはやはり、中学生の私が度肝を抜かれ、今はグッときちゃう、新幹線を。
10年前のフジのバージョンしかなかったけど。
★全体ふりかえり
ざっと見たり通りすがったものも含めてのタイテはこんな感じ。
体調が万全でないわりには頑張ったと思ふの…
★マイベストフェスごはん
1・ラムチョップ
私的殿堂入りしている、ヘヴンのラムチョップ。
何本食べるのさ?ってくらい食べた。とにかくビールにあうのよ…
2・ガレット
レッド前のワールドレストランエリアの、ガレット。
キノコのやつがお気に入り。ここは、シードルもめちゃおいしい。
毎年2本は食べてるかも。
3・はもにゅうめん
ニューフェイス。
オレンジのとこにできた、屋根つきのフード食べられるエリアにあった、
京都のはも!まさか、フジロックではも食べられるとはね、、、
3日目くらいの疲れた胃にしみわたる優しさ。。フェスでも中年の胃は優しさを求めています。。
★2016年は、短い動画を撮ってつなげる、ってのをやってみた。
雰囲気の記録、20周年フジロックの思ひ出。
雨ふらなかったのすごいな〜〜。
さて、今年はどうなることやら。予習せねば。
フジロック2015 3日目
なぜ2017年のいま、2015のフジロックの話を、って感じあるけど、しょうがない、思い出せなくても放置したところから進めなければ今年まで来れないではないか。
ってことで3日目。
見たタイテは残ってたよ。
もう面倒なので、箇条書きで覚えてることをメモ。
・朝からとにかく暑くて、ジム・オルークおじさんがなにかひどいシモネタを言っていた気がするけど記憶が飛ぶくらい暑くて、日陰のないヘヴンは地獄だった。
・トッド・ラングレン、見た人のブログや感想は山ほどあると思う。。。つまり、私が求めていたのはヴァージン・スーサイズの、あのサントラで知った、かつてのトッド・ラングレンだったわけですが。フジロックに来てた人は別人に生まれ変わったトッドおじさんだったわけで。お前誰やねんwww→いやぁ、頑張ってるねぇ、、、→まぁもうしょうがないから踊るか!ヤケだ!!
・ヤケになったせいで、熱中症になった。本当に、これはもう、マジ、トッドおい、って感じ。ホワイトで立って待ってて踊ったせいで、しかもヤケになってビール飲んだせいで、だいぶひどい熱中症寸前に。慌ててポカリを2本買い、ガブ飲みしつつ、グリーンへ向かう途中の森の木下の日陰で寝る。こんなの初めてくらいやばかった。
・どうしてもジョニー・マーがみたい、という一心で、でかいポカリを買ってグリーンへ。途中で立ってられなくて、PA脇に椅子を置いて座って見たけど、本当にかっこよかった。マー様のクールな出で立ちとギターのおかげで、トッドショックから回復。それにしても、英国ダンディを絵に描いてさらに盛った、みたいなかっこよさだった。どうやったらあんなジャストサイズのいい色のシャツを着こなせるんですか。パンツもシャツも袖丈とかがミリ単位でかっこいいし、表情一つ崩さず。英国よ。偉大なり。つまりロックンロールとはかくあるべし、というファッションの極みだった。日本でこの域いけるとしたらコレクターズのコータローさんくらいだね。まぁまぁもうもう、素敵すぎて目がハートでした。それに尽きる。
・ヘヴンのベンジャミンブッカー。なんとかたどり着いたものの、熱中症的な症状がひどくなってしまって、楽しめる状況ではなかった。普段なら大好きな音だったのに無念なり。トッドめ…(まだ言う)
・で、この日、予想しない凄いメインが出現して。これが結果的にマイベストアクトと言ってもいい衝撃だったのが、通りすがりのSHOKA OKUBO BLUES PROJECT.。いやぁ、びっくりした。全くノーマークで、熱中症を癒やすため芝で横になる必要があったので、アバロンで寝てたら、パフュームみたいな見た目の女の子たちが出て来て。あぁ、アイドル的なのがフジロックにも来たのか、とか思ってたら、ゴリッゴリのブルースのなんか明らかに古いやつのカバーが聴こえてきて。目と耳が一致しない。あれ?熱中症?夢??とか思ったけど、明らかにそのパフュームみたいな女の子の持ってるギターの音で、おいおい、って。なんじゃこりゃ、と。
あとで調べたら、大久保初夏さんという素晴らしい若い女性アーティスト率いるバンドだったのでした。しかも、最初に聴いたカバーは、リハだけのセッション用で、本番でやらなかったし。かっこよすぎでしょ。オリジナルでとても歌詞の魅力的な曲もあったので、終演後のCDサイン会に並んで聞こうと思ったけど、おじさん勢ばかり並んでいたので断念。後日調べて、FBメッセージで聞くと(良い時代だ、すぐにアーティストに質問できるなんて!)あの曲はまだ音源になっていないのです〜とのこと。もったいない。なんか女子のリアルをブルースで歌う感じ、今こそ必要なものな感じがする。この切実さよ。。。女子力で一気におばさんのライフも回復したのでした…。出会えてよかったよ、こういうのがあるから、フジロック大好きなのさ。
・FKAtwigsもノエル・ギャラガーも通りすがりに聴いたけど、初夏ちゃんの爽やかな余韻には及ばず、記憶なし。ぼんやり荷物をまとめつつ電撃ネットワークを見て、一度テントに戻った。
・今年は卓球がレッドDJでクロージングだったので、こればかりは見逃せないと思い、なんとかテントから這い出して、明け方のレッドへ。踊れば踊れる最後のひと踊り。今年も明るい空に、see you next year!を見てからテントで一眠り。
・朝、テントサイトでトーストとコーヒーを買い、帰ったのは10時頃かな。。疲れてたけど運転は安全に。熱中症は本当に対策が必要だ、と最終日にかなり懲りたけど、まぁ無事帰れて楽しいフジロックでした。今年も。
フジロック2015 2日目
2015年7月25日土曜
2日目、車でクーラーで寝て起きて、
前の日、計画的に途中からアルコール抜いてたので、
すっかりさっぱりして9時過ぎに温泉へ。
いつも雪ささの湯か本陣なので、今年は新しい温泉を開拓しよう、ってことで「街道の湯」に初挑戦。
そんなに大きくないけど、混み方ほどよく、家族連れもちらほら。
道の駅みつまたの隣で、お土産も買えるし、ご飯も食べられるし、のんびり足湯も外にあって心地よい感じでした。ちょっとリセットにはおすすめ。
道の駅になぜかおしゃれカフェ的な店があり、
ピタサンドで朝ごはんにした。
で、会場に戻って、2日目前半はこんな感じ⇩
もう、最初に見た上原ひろみさん、と仲間たち、が、素晴らしくって素晴らしくって。
もう今日はこれでいいや、って思ったくらい、良かった。。。
ちょっと世界はレベル違うわ、、と放心状態で楽しさ満点の、圧巻のステージでした。
昼間のグリーンで、こんなにいいと思ったの初めてかも。もっと見ていたかったくらい、あっという間だったなぁ……
で、すっかり満足したので、今こそ!と、
初めてのドラゴンドラへ!
何年もフジに来てて、これまで上界には行ったことがなくて……まぁ貧乏性だから下界をぐるぐる回っていたのですよ…
やっと!上にいける余裕ができた!
今まで何で乗らなかったんだろう、という美しい絶景がありました……良い眺めだった!
あと、とてもどうでもいいけど、上のレストランみたいな建物には綺麗な洋式トイレがありましたので、トイレ問題に悩んでる方にはおすすめかも。
上界には、着ぐるみさん達もいて、子供たちがゆるゆる遊んでて、下界とは違うピースフルな空気が流れていました。
トイレ脇で休憩中の着ぐるみの皆さんを見ちゃったけど。お疲れ様です…
これもこれで、楽しいなぁ、と思いつつ、
雲行きが怪しくなってきて、雨具を下に忘れてたので慌てて戻り。
星野源さんを横目で見つつ、グリーンを後にして、
ヘヴンへ向かう。
途中、アヴァロンで素敵なマイケルカバーが聴こえてきたので足を止めてしばし見入る。
ボサノヴァ風のヒューマンネーチャーとか、私ホイホイ過ぎて。幸せに包まれた。この空気で今この声!みたいな。
詳しく知らなかったけど、↓レポここにあったので貼っとく。ビリージーンもびっくり良かった。
http://fujirockexpress.net/15/p_4034
アヴァロンはこういう通りすがりの出会いがあるステージで、いいのです。
ヘヴンで、フィリップセイス。
イケメン明るいブルーズマンでギターごっりごりの、最高でした!2日目マイベストアクト。
会場でCD売ってたから買った、くらい良かった。
ヘヴン人少なめだったけど、移動しようとしてた人が動けなくなるくらい強烈なギター。
MCは、丁寧でめちゃ好青年!(てほど若くなさそうだけど)って感じの、ほんとありがとう〜とか、この曲はワイフへなのさ!みたいな、明るい感じなんだけど、ギターはごっりごり。参考動画貼っておく。
あと、フジロックエキスプレスの英語レポがめっちゃニュアンス素晴らしく伝えてるのでリンク。
http://fujirockexpress.net/15e/p_1525
カナダ人らしさ、みたいな好感度高い感じとギターのギャップが、確かに面白かったので。
それにしてもギター最高だったわぁぁ。
余談ですがフジロックエキスプレスのサイト、
日本語と英語版あって、翻訳じゃなくてそれぞれ全く別のレポーターらしく、内容も感想も全く違ったりするので後で読み比べると面白い。
だいたい日本のは当たり障りなく褒めてるけど、
英語レポは結構皮肉交じりに書いてあったり、、ステージじゃなくて客の反応disってたりとか、そういうの、面白いです笑
なんか今見つけらんなかったけど、ノエルのバンドの、日英レポの内容真っ二つになってて結構面白かったので、特に英語レポは必読。
見方はいろいろなのさね。
そんなこんなしながら、食べたもの。
2日目にしてすでに体を気遣うヘルシーメニューになっとる。お酒は飲み続けている。
↑オアシスの博多bassicさんの鶏雑炊的なやつと、よかソーダ。安くて胃に優しいから会期中3回くらいこのセット食べた。最高でした。
↑ところ天国あたりの、玉コンと温野菜。
フェス中、野菜不足深刻だから食べねば。
夜は、 ギャラクティックとメイシーグレイの、なんかスケールのでかい、そしてしゃべると可愛らしい、みたいな、懐の深〜い歌とリズムにつつまれて、幸せにぽわんとしつつ。ラムチョップ食べたりワイン飲んだり。
ホワイトで噂のベルセバをチラ見しながらビールしこたま飲み、
そのまま、またレッドで朝まで踊る感じに。
ひっどい写真のおかげで、深夜の空いてるジャスミンタイ狙ってガパオライス食べたってことは思い出した。
もう、この辺は記憶あいまい。
とりあえず朝には寝た、と思う。。。
フジロック2015 1日目
今年は前夜祭はやめて、1日目の朝に出発にした。